文献短評

 
 
 
『「対テロ戦争」とイスラム世界』

板垣雄三編
岩波書店、2002年(岩波新書766)

 昨年9月11日の事件以降、書店には多くのイスラーム本、ビン・ラーディン本、 「テロリズム」本、等々が並んでおり、その百家争鳴ぶりに、どの本を読めばよいの か悩んでいる人も多いであろう。もちろん、これを読めば、というような決定的な本 はそう簡単には出てこないのであって、中東、イスラーム、そしてアメリカというも のについてあまりに表面的な知識しか持ち合わせてこなかった我々には、せめてこの 機会に関連の書物を色々と読み、自分なりの理解を築く努力をすることが求められて いるのだが…。

 本書『「対テロ戦争」とイスラム世界』はしかし、そうした濫読の際にぜひリスト に加えてもらいたい一冊である。9月11日の事件があったから出版されたとはいえ、 本書は9月11日を世界史の決定的な画期であるとするような巷に溢れる言説とは一 線を画したところで書かれている。9月11日で世界が変わったのではない、9月1 1日後の世界は、それ以前の世界と、ある決定的な不公正の構造をはらむ点において は少なくとも何ら変わるところはない。編著者板垣雄三氏をはじめとする13名の共 著者たちは、中東やイスラームを研究する者にとっては常識的なこの理解を、それゆ えにその常識を共有しない人に向かって語られる際には往々にして断罪調に語られが ちなこのメッセージを底流に、様々な具体的な問題について冷静な説明を加えている。
 中には急いで書いたことが明らかな感じの章もあるが、共著者はそれぞれの問題につ いての信頼できる研究者である。内容の信頼性と本書出版のタイミングを考えれば仕 方ないことだろう。

 ※「文献短評」は本書への別の短評を含め、目下のアクチュアルな問題についての 出版物の短評も広く募集しています。このところ本欄に掲載される短評がどんどん長 くなる傾向にありますが、それらを標準と考える必要は全くありません。3,4行程 度の「真の短評」から長いものまで平等に歓迎いたしますので、ぜひお願いします。 (森本一夫)

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『ビジュアル版 イスラーム歴史物語』

後藤明
講談社 2000年

 多くの図版・写真を挿入し、平易な文章で書かれた本書は、イスラームを専門に扱わない一般の読者にも馴染みやすい作品に仕上がっている。著者本人が総説等で述べているように、西欧中心の歴史観にもとづく日本の歴史教育を受けてきた人々の意識に、一石を投じようという意欲作である。出版が今年であるのに10年前の段階までしか言及されていない点は、冷戦終結後の複雑な世界情勢への言及を避けた等の憶測を呼びそうだが、いみじくもイスラームに対し関心が集らざるを得ない現状において、イスラームの手引き書として本書を紐解く人は少なくないだろう。その扱う領域は広範で、まさしくイスラームを、そしてイスラームを培った土壌を網羅した内容になっている。

 本書はビジュアル版と銘打たれているために幅広い層の読者を獲得することが予想されるが、文明の起源はギリシアではなく古代オリエントにあり、大航海時代においても世界の中心は実はまだイスラーム地域にあったという指摘や、19世紀以降イスラーム諸国が列強にその運命を左右される周辺国として位置づけられたという史観を西欧中心の一方的なものであると述べたり、キリスト教圏が築いてきた民主主義を否定したりする箇所などは、恐らく一般の読者には軽いカルチャーショックを与えると思われる。

 そのような読者が途中で本の厚さの壁によって落伍してしまう可能性を危惧したためか、本書の文体はあくまで優しく語りかけるようである。評者も引き込まれ、楽しく読ませて頂いた。普段歴史について考察する機会を持たない人々への啓発の役割を充分に果たすものと思われる。本書を読み終わった頃には、読者は著者の謳うようにイスラーム世界と日本との協調の重要性についての再検討を試みるに違いない。(北海道大学大学院修士課程1年 近藤亜依実)

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『現代アラブ・ムスリム世界―地中海とサハラのはざまで』

大塚和夫編
世界思想社.2002年(世界思想ゼミナール)

 本書は「ムスリム社会における民俗知識の継承とその変容―北アフリカの民族誌学 的研究」というテーマで3年間にわたって実施された科研費による研究プロジェクト の成果として刊行された。小杉泰「イスラーム人生相談所」(カイロ、ファトワー)、 赤堀雅幸「ベドウィン伝統歌謡の継承と変容」(エジプト西部砂漠)、大塚和夫「ジェ ンダー空間の変容」(カイロ、ヴェール)、鷹木恵子「チュニジア農村部女性の内職 にみる民俗知識と技法」(ジェリード地方、織物)、坂井信三「モロッコ辺境地域の 農民・遊牧民・宗教者」(ドラア川流域、紛争と調停)、堀内正樹「村の地域センター を再建しよう」(スース地方、伝統教育復興)の6章からなる(括弧内は副題を割愛 した代わりに私がつけた補足)。これらは全て、この研究プロジェクトの一環として 行われた現地調査の報告ということになる。

 「「民俗知識」とは、衣食住をはじめ日常生活に関わる物資を生産・保存する技術 に関わるものから、社会慣行や娯楽、さらにイスラームのあり方などの基盤となる価 値観・世界観に関わるものまでを含む、かなり広い概念とした」(大塚「序」)とあ ることからも察せられるように、各章で扱われるテーマは実に多様であり、例えば 「民俗知識とは何か」と理論的に考えたい読者(がいるとすれば、その人)には必ず しも向いている本ではない。しかし、主題の最後の部分である「継承とその変容」に ついては、強い関心と練り上げられた感性がどの章からも窺える。3年間のみのプロ ジェクトの成果とはいえ、各々の著者が背景として持っているフィールドとのつきあ いは長い(中には新たなフィールドを調査した章もあるが、それもつきあいの長いフ ィールドとの地に足のついた比較のためである)。その長いつきあいの中でじっと見 つめてきた継承と変容の動態が、この機会にそれぞれに整理されたのであろう。全般 に読みやすい文体で書かれたサラサラいける本であるが、同時に味読に値する一冊で もあると言える。(森本一夫)

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『トルコ近現代史―イスラム国家から国民国家へ』

新井政美
みすず書房、2001年

 すでに多くの人が読まれたかと思うが、本書は、1699年のカルロヴィッツ条約から 現代に至るまでの、オスマン朝、トルコ共和国の通史で、トルコ近現代史研究のマイ ルストーンのような書物である。まだ短評に登場していないので取り上げてみること にする。

 この概説書の特徴は、オスマン朝の近代史を、ヨーロッパからの「衝撃」への「対 応」としてではなく、その「対応」もまたヨーロッパに「衝撃」をもたらした「相互 作用」として捉える立場をとっていることである。序章に見られる通り、そうした立 場をとった上で「国民国家」への転身の過程と「国民国家」建設後の諸問題について 語ることが本書の目的とされている。そのため、オスマン朝内での近代化の諸改革や その過程で起こったさまざまな歴史的事象は、どれもヨーロッパの動向や国際関係の 中に位置づけられており、それぞれの出来事が近代化の流れの中で果たした意義をつ かみやすい。当然、政治史、経済史が内容の中心となっているが、文化史等に属する 記述もその流れに即した形でさりげなく紹介されており、その時代のイメージを形成 するのに役立っている。

 また、最新の概説書ということで、新しい研究がふんだんに盛り込まれていること も魅力の一つである。多くの注が付されており、本書のもとになった研究をたどれる ようになっている。さらに、「『トルコ近現代史』主な登場人物」という付録付きで ある。50人の主要人物の経歴紹介がなされており、そのうちの幾人かには写真もつ いていて、お得な気分にさせられる。

 文章も平易で分かりやすいよう工夫されている。初めてトルコ史に触れるという人 のための導入にも最適な一冊であると思う。(北海道大学大学院文学研究科東洋史学 講座修士1年 野宮恵子)

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A Learned Society in a Period of Transition: The Sunni ‘Ulama’ of Eleventh Century Baghdad

Daphna Ephrat
State University of New York Press, Albany, 2000
(Sunny Series in Medieval Middle East History)

 229ページという短い本書を一目見て、強い印象を受けなかった人の方が多いと思う。だがその逆であって実に手際よく、さりげなく新たな見解が展開されていることを、最初に指摘したい。

 本書は、Harvard大学に提出されたPh. D.論文を下にしたウラマー研究であり、副題が示すとおり5/11世紀バグダードの、ニザーミーヤ学院研究でもある。最大の特徴としては、著者自身も頻繁に引用している、R. MottahedehやI. Lapidusらに始まり(本書の文献案内を参照)、本文献短評HPにも原稿が寄せられているM. Chamberlainといった、政治学や社会学的分析手法を積極的に活用しようとする一連の最新作に位置づけられる。

 序章において、著者の抱く時代観や、ウラマーとマドラサ研究に関する問題点と自らの見解が集約されている。この部分だけを読んでの印象は、理論先行で具体的事例の提示方法に不満が感じられるChamberlainや、あるいはMottahedehにおいて感じられる、全体の論理展開や構成の不明瞭さが感じられない。先行研究を利用した長いスパンでの時代把握、そのなかにおける対象時代の位置づけ、さらにはその対象時代における、ウラマーやマドラサといった問題点の指摘と事例の引用方法は、Lapidusに匹敵するのではないかと、序章以後を読んで感じた。

 本題に入る前に、以下の点を確認したい。どういうことかというと、ウラマーという宗教的知識を有する学者も、アッラーにはなれない人間だろうということ。こうした学者たちが、実際に活動してきた足跡としての歴史は、過去における実在の社会において本当にあった事柄と考えて差し支えないだろう。人間と人間が関係しあって成立する社会においては、それが西欧であろうと日本であろうと、共通する要素は当然ながら存在し、かつ相互理解が容易ではないほどの、特有の文化的流儀や作法もある。このような前提においては、学者たちも自己の利害のために行動するという点は、否定できない根本的共通要素ではないだろうか。それが宗教的知識を占有し、共同体における聖的事柄の指針を決定する能力と資格を有すると認められた、一種の特権階層であっても、世俗的利害からは自らを分離し得ないということである。

 著者によれば、法学派は社会集団だという。上に前提を述べたように、評者もまったくそのとおりだと思う。こうした見解は、マドラサ研究で指摘され続ける、社会的変化とマドラサとの関連性の考察を深化させたことから導き出された、一つの見解である。マドラサの内部を考察し、その結果として、著者の言葉である「社会の適応と等質化conformity and uniformity」がもたらされた原因の一つを、マドラサにおける教育に求めないための、ひとつの結論である。

 本書は、マドラサ研究の総合化の始まりを告げるものだと思う。近代に毒されて、制度的実態を特定しよう(あるいは無理に当てはめよう)とせず、制度的機能を担った、現代的制度に類似する固有の慣習は何か、という異なる発想が必要だと感じる。教育活動を評価するに当たっては、担い手であり対象者である学者(学生)たちの日常的学術活動を特定しなければならない。対象とされた学問も把握しなければならない。そうした上で、政治や社会との関連性が総合的に判断されうるのではないか。イスラム世界以外においては、それが基本的手法として、多くの研究がなされている。マドラサ研究以外の当該時代の専門家には、本書の内容は唐突かもしれない。社会集団とする法学派の定義において、史料に即した説明に不足を感じるなど批判点は当然あるが、是非一読され、評者の抱いた見解に対して、多くの示唆を頂きたい一書である。
(慶應義塾大学文学研究科 阿久津正幸)

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A Reader of Classical Arabic Literature

S.A. Bonebakker and M. Fishbein訳注

Universita Ca'foscari di Venezia, Cafoscarina, Venezia, 1995
(Quaderni di Studi Arabi. Studi e testi, 1)

 目下私は、これまで自分のしてきた勉強をまとめる作業をしている。何年も前、修士 論文を作成しようとしていた頃に作った史料の読書カードを読み直す作業は、当時の 色々な思い出に浸れる実に幸せな時間を与えてくれる。また、読書カードのヘッダー の部分にはそのカードがどういう議論に利用できそうか、当時の私が知恵を絞って書 いたメモがあるが、その拙い発想を見るにつけ、自分も当時と比べて少しは成長して いるのだとやや安心することもできる。何年か後には今の自分を同じ様な視線で見返 す自分がいるはずなのだから、今の自分の未熟さに拘泥せずに仕事をしていこうとい う積極的な気分にもなれる。

 しかし、私は80歳の老学者ではない。まだまだ秋の木漏れ日の中で甘く思い出に浸 る年齢でも立場でもない。それどころか、年齢や立場だけでなく、幸い気分もまだ若 いのである。つまりは、上に書いたような幸せな気分と隣り合わせで、ウキーッとす る場面や悲しくなる場面も多いのである。というか、薄くなりはじめた髪をかきむしっ ている場面の方が、実は多い。

 私を苛立たせる最たるものはやはり、カードにきわめてしばしば見られる「テクスト を読めていない」「テクストを曲解している」例であろう。読めないので大事なこと に気づかない、読めないので妙に大胆なことを考えている、などなど。目の前で数年 前の自分が展開する喜劇まじりの悲劇を平静な気分で眺めるのは難しいものだ。

 思い返してみると当時の自分も自分がテクストを読めないということがよく分かって いた。そして当時もまた、そういう自分に苛ついたり落ち込んだりしながらどうにか もがいていたのだと思う。しかし、それはできることを全てやった上でのもがきだっ たろうか?

 私は東洋史学科という歴史を研究する学科でいわゆる「中世史」を勉強した。私の見 るような史料に使われる言語はアラビア語とペルシア語だ。それゆえもちろ ん大学2 年生からはアラビア語を、3年生からはペルシア語を勉強した。それぞれ授業として は週1回。そして初級のクラスで文法を覚えた後は、すぐに歴史の先生の史料講読の ゼミに参加して、年代記だの旅行記だのを読む訓練を受けたのだ。そうして研鑽を積 んでいればやがてどうにかなるものだと思っていた。

 しかし、今、修士論文を作成する時に作っていたカードなどを見返してみると、どう 考えても当時の自分は甘かったと言うしかない。歴史のゼミはいくら現地語史料を読 むとはいえ歴史のゼミだ。そこでは量を読むことは重視されず、史料の記述をどのよ うに既存の研究の内容と対比し、自分なりに新しくものを考えていくかという方法論 を仕込むことの方が重視される。だから1コマのゼミでテクストが5行しか進まない などということがありえることになる。これでは自分が独自の研究をするときに原典 史料を効率的にきっちりと読むスキル自体はあまりつかない。関係ありそうな場所の あたりをつけても、そこをがっちりと読みこなす語学力がなかなかつかない(ゼミで 読むテクストなどは、特に学部の間は平易なものが選ばれるものだ。ところが卒論、 修論をやるときにはそういうことを考えて史料を選ぶわけではない)。要するに、週 1回の初級クラスの語学力(特に文法知識)をもとに史料の使い方を教わり、突然手 加減のない原典史料に体当たりをしなければならないわけだが、自分はそれで大丈夫 だと思っていたということになる。

 考えてみれば乱暴な話だ。中学生・高校生の時には英語を週に何時間も勉強した。そ れでもむつかしい英語の本を読むのには苦労する。それが、ごくごく基礎的な知識だ けで、どうして原典テクストを読みこなせるだろう。しかも初級で習うのは現代語の 文法なのに対し、古典はあくまでも古典なのだ。気が遠くなるようなギャップを、無 意識のうちに見ないようにしていたということか。

 残念ながら、特に歴史を勉強する学生を念頭に置いた場合、大学の正課教育に限って 考えるならば、言葉の効果的な教育システムは確立されていないと言えるだろう。そ して今後もそれは確立されないだろう。アラビア語やペルシア語の授業が週に何回も 開かれたり、初級に続くべき中級・上級のクラスが開講されたりということは、外国 語大学は別として、今の日本の大学では考えられない。それどころか初級が開講され ている学校でさえ限られている。それは、スタッフの数(供給)、学生の数(需要) などを考えれば当たり前のことである。

 しかし、歴史に限らず、何か研究をする人間は本当に使えるところまで語学力を磨く 必要がある。とすると、残っているのは読書会や独習ということになるだろう。なる べく早くから、読むスキルをつけることに重点を置いた訓練をすることがぜひぜひ必 要だと思われる。私のように、要するに気分だけ勉強した気になって本当の力はない という状態で卒論や修論に突入することは各人が自分の才覚で避けなければならない。 しかし、読書会といっても、何人もの「読めない」学生が、何の解説もついていない 「読めない」テクストを囲んで腕組みしたり足を組み直したりしているというのがあ りがちな姿ではないか。それなら私もよく出席してコーヒーを何杯も飲んだ。

 ここでようやく短評になるのだが、表題の本は、そのような史料の読解力養成を目的 にした読書会や独習に使うのによい教科書である。特に「中世史」をやろうというア ラビア語初級を終えた学部学生が、たとえば博士課程の大学院生に頼んで読書会をやっ てもらったり、そういう便利な先輩がいない場合には自分で独習するのに便利な本で ある(実はやや、否、かなり程度が高く、難しいかもしれないが)。いわゆるアダブ 文学を中心に選ばれたテクストには妙な手加減はなく、しかしそれほど難解なもので もない。単語の解説がふんだんにつけられているだけでなく、それぞれのテクストに ついての解説や類書の紹介などもしっかりつけられている。おそらく読書会で教える 側の大学院生氏にとっても、ひそかに学ぶことが多いだろう。テクストの選択は10 世紀くらいから14世紀くらいの時代のものが中心で、年代記を読む際によくあるよ うな同じフォーマットの繰り返しではない内容のある文章を読むことができるのもよ い。初級のクラスの終わった年度末から次年度のはじめまでの間にこれを一通りやる という使い方をすれば、10年だかが経ってカードを見直しても、私のようなイライ ラは感じないですむだろうし、そもそも卒論、修論の出来映えからかわってくるだろ う。もちろん、もはやその時期を過ぎてしまった人も、密かに勉強するのに好適であ る。かく言う私も、この本が届いてから、思わずいくつかのセクションを解説と行き 来しながら読み込んでしまった(つまり得るところがかなりある)。

 本書の出版は数年前から知っていたが、どのように入手すればよいかよくわからなかっ たので放っておいた。しかし、4月から学生に何か意味のあるアドヴァイスをしない といけない立場になり、手をまわして方法を調べ、入手した次第である。どこに連絡 すればいいかが分かってしまえば実に簡単に入手できる。読書会のテクスト候補とし てみてはどうだろうか。クレジットカードでの決済もできた。2冊を同時に航空便で 送ってもらって 125,000リラだった(日本円で7100円くらい)。連絡先は、 "Stefano Chinellato" (posta@cafoscarina.it)。郵便で連絡したければ:

    Libreria Editrice Cafoscarina
    Societa Cooperativa r.l.
    Ca'Foscari, Dorsoduro 3259
    30123 Venezia

 なお、私は私で、将来の仕事のひとつとして、ペルシア語史料の読解教科書を日本語 で出せないものかと考えている。そんな本を出してくれる酔狂な出版社があるかどう かはしらないが、とにかく昔の自分の史料読書カードのようなものが繰り返し繰り返 し再生産されつづけるというのはあまり楽しくない展望だからだ。しかし、いつの日 になることだろう。そこで、とりあえずこの「文献短評」の責任者として呼びかけた い。ここで紹介したこの本のように、初級クラスと研究レベルでのテクスト講読との 橋渡しをしてくれるようなリーダー・テクストでおすすめのものなどを、この欄で積 極的に紹介していただけないものだろうか。この際出版年などについて面倒なことは 言わないので、アラビア語、ペルシア語、オスマン・トルコ語、チャガタイ・トルコ 語など、このページに関係するありとあらゆる言語に関する情報を募りたい。お願い いたします。

 なお、本書に関しては、少なくとも以下の書評がある。この書評では本書の他に6種 の類書が紹介され、簡単な解説が付されているので、読書会テクスト選定の際には参 考にすることができるだろう。

Review by Clarissa C. Burt in Journal of Arabic Literature 29 (1998), pp. 85-90.

(森本一夫)

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『彼女の「正しい」名前とは何か―第三世界フェミニズムの思想』

岡真理
青土社、2000年

 本書は著者にとって『記憶/物語』*に続く二冊目の著書である。前著が引用文献や専門用語の解釈などの注をつけず、私たちに馴染みのある映画作品を取り上げ一般向けに近い体裁を取っているのに対し、本書は著者がこれまで書いた文章を集めたもので、専門的な内容になっている。岡氏の文章に慣れ親しんでいる方々にとっては、専門外の評者による本短評は的外れなところがあるだろうが、評者は前著を読んで強いインパクトを受け、その後読んだ本書もやはりのめり込んで読んでしまった故、ここに書いてみようと思った次第である。

 本書は、タイトル通りに第三世界フェミニズムの思想が中心命題であるが、フェミニズムに無知な評者が予測できなかった範囲、すなわち文化相対主義、南北格差、オリエンタリズム、植民地主義、サバルタンスタディーズなどの分野へも積極的に介入し、欧米・第三世界のフェミニズム関係文献や映画作品を題材に議論を展開している。そもそもフェミニズム自体を70年代ウーマンリブの枠組みで理解していた程度の評者にとっては、いきなり胸を射抜くような著書ではあった。文章スタイルは、堅牢な論理構成というよりも著者の主張がぐいぐいと日本語に現れてくる感じだが、日本語が非常に分かりやすいため、一気に読むことができた。しかし逆にいえば、一気に読むと、著者の主張が畳みかけるように読者に迫ってくるので、はっきり言って疲れてしまった。読む側が自分というものを確認しながらでないと、本書と向き合うことができないと感じた。

 著者は、ことばを紡ぎ出すように、文章を書いている。しかしその思想の根元は、他者の記憶をいかにして「分有」するか、という絶え間ない悩みにあるだろう。著者はまた、想像に絶する出来事を経験してきた他者に対して自己は徹底的に非力であり、「私たちの『主体性』とは、そのような(はじめに出された声に従うような)受動的な実践においてしか発現しえないものであるのかもしれない(p.262、括弧内は評者)」、と述べる。他者の声をくみ取ろうとしない代弁が如何に欺瞞に満ちているか、そのようなことは評者も日頃から感じていた。だが、主体性を発現するための、受動的な実践?評者はここで行き詰まってしまった。著者の論理からいえば当然の帰結だが、読む側にとっては日常の営みのなかで取り結んでいく他者との多様な関係のどこに、その提言を位置づけるべきか、戸惑ってしまう。

 ただ、少なくともこのことばは、国のために死を賭する者にはそれにふさわしい物語を用意せよという趣旨にある、ある種の能動性を是とする人々に届くことばでは、ない。身近な他者の声を聞こうとする人々も、ナショナルなレベルになると暴力的に「公」を声高に叫ぶのが、日本の分裂症的状況である。どん詰まった感のある近年、日に日にそういう人たちは増えてきている気がするし、評者もそのあいだで揺れている。もうナショナルな欲望にかかわる批判的見解というのは、この日本に住まう人々にとってあまりにしんどいものとなってきており、分かり易く力強い言説が流布する結果となってきたのだ。

 ところで、濃密な内容にもかかわらず価格は安いが、大学生協や大手書店でもなかなか見つけられなかったことが気になった。情報化が進む現代日本では、ますます勢力を拡大している音声・画像系メディアにおいて単純な物言いが繰り返し垂れ流され、そこでは本書のような主張はほとんど発信されていない。そういう意味では、せめて本屋でもっと目につく場所に置けばいいのにな、と思った。最近の本屋の店頭って、売れそうな本というよりも、ある種の統一性を持たせる美意識が露骨に出ているような気がするし。また、ことばづかいや章タイトルなどに散見される「カッコ良さ」が、さらに読者を選別するような印象を評者は持った。著者のスタイルに言及するのはくだらないことではあるが、左翼的知識人・反ナショナリズム知識人層の内輪的消費にとどまるだけの本ではない、と思った故に指摘したい。

 本書は、手にとって読む者すべてに対する、著者の問いかけであろう。この問いかけに対し、私たちは如何にして応答することができるのだろうか。そもそも誰に応答すべきなのだろうか。フェミニズム論に疎いとかはともかく、本コーナーをよく見る歴史研究者など、多くの人々に読まれる価値がある書だとは思う。評者のようにしんどすぎて応答を保留し続ける者を含んで。

佐藤秀信(在イラン日本大使館専門調査員)

*岡真理『思考のフロンティア・記憶/物語』岩波書店、2000年2月、1200円+税

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『大旅行記6―イブン・バットゥータ』

イブン・ジュザイイ編/家島彦一訳注
平凡社、2001年(東洋文庫691) 

 ムスリムの旅行記の代表格として、最もよく知られている書の1つであるイブン・ バットゥータの旅行記の家島彦一訳が刊行されて、すでに5年の歳月が経過した。本 シリーズは既に第6巻目に至り、バットゥータの旅はいよいよ佳境に迫り、本巻では インド・マラバール海岸から南中国のザイトゥーン(泉州)に至るまでの旅程が描か れている。

 今回の舞台となるインド、中国の地は古くからインド洋の船乗りたちにとって `aja'ib(`ajiba[「不思議」、「驚異」、「驚き」の複数形])の地であった。例 えば、10世紀のスィーラーフの人アブー・ザイドがスィーラーフの船乗り達からの話 を集め記した『インドの不思議 (`aja'ib al-Hind)』ではシナ、インドについて 次のように書かれている:

荘厳で徳高きアッラーは十のアジャーイブを創られた。その中の9つを太陽の昇 る方へ、そして残りを大地の3つの部分へ、それは西、北、南である。それから その(東へ向けられた)9つの内の8つをシナとインドに、そして1つをその他 の東方へ・・・」
このようにシナ、インドとは永らくイスラーム世界の人々にとっては `aja'ibに溢 れる地であり、それだけにバットゥータの旅行記に於いても特に興味深い記述の多い 箇所なのである。

 本巻の旅程に関する記事の中では、特に訳注者も述べているように、モルディブ諸 島の詳細な記述は第一級の史料である。バットゥータの記述は、モルディブ年代記以 外にこれといったまとまった史料のないこの諸島について?また14世紀のインド洋 世界の港市国家像について考える上で重要な史料となることは言うまでもない。

 ところで、本シリーズは各巻末に「解説」としてそれぞれ50ページ近い論文が掲 載されているのであるが、これはインド洋世界を提唱し、研究してきた氏のある種の 集大成でもあり、詳細を極めたような「注」や「参考文献」と共に非常に後学の参考 となるものである。本巻の「解説」に於いて特に注目に値するのが、「バットゥータ の中国に関する記事はバットゥータ自身のものではなく、編者であるジュザイイが付 け加えたものではないか」という斬新な仮説である。この仮説に関しては、さらに7 巻で詳しく述べるということなので、それらを踏まえないとこの説の妥当性は判断で きないが、もしそうであるとすれば氏が述べるように同時代のマグリブ世界に生きる 人々の東方観、世界観を探る上で、非常に注目すべきものであるということは言える であろう。

 次巻で終結するイブン・バットゥータの全旅程に関して、評者はインド洋海域世界 に興味を持つ立場から「14世紀のインド洋世界を知る史料」という観点でのみ注目 をしてきた。しかし、先日或る授業で「ウラマー」について話題が及んだ際に、阿久 津正幸氏が「イブン・バットゥータの旅は1人のウラマーの生き様を知る格好の史料 である」ということを述べられていた。確かにそのような観点で読んでみるとこの史 料がなんと興味深いものかと評者は改めて驚いた。このように1人の人間の広大な地 域、海域に跨る「大旅行記」は読み手の問題意識によってどのようにでも語りかけて くれる、非常に可能性の計り知れない史料ではないだろうか。(慶應義塾大学大学院 修士課程 鈴木英明)

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『ダウ―インド洋の木造機帆船』

門田修
みちのく北方漁船博物館、2001年

 著者である門田氏は日本に於ける海洋写真家の第1人者として、インド洋の海域世界 に生きる人々、自然をフィルムに収めてきた。門田氏による写真は家島彦一氏の『海 が創る文明』(1993、東京、朝日新聞出版社)、更には今年刊行されている『海 のアジア』シリーズ(全6巻、2001、岩波書店)をはじめ、我々と関係の深い書 物の中で度々お目に掛かってきているのであるが、今回紹介する本書は「写真集」で あり、力強いインド洋海域世界の人々の生き様がダウ船を中心とする写真を通して 我々に迫ってくる。

 インド洋海域世界に生きる人々の活気は「1978年の大航海」というドキュメント 仕立ての部分から感じ取ることが出来るだろう。スワヒリのモンバサからアラビア半 島のドバイまでを自らダウ船に乗り込んで冒険をした際(この際の冒険記は『海のラ クダ』[中公文庫1998] 第4章 木造帆船ダウ同乗記 に収録)に収められた貴 重な写真達が20年以上の歳月をものともせずに、実に活き活きと我々に迫ってく る。何しろ門田氏自身がまさに航海しているそのダウに乗り込んで撮った写真だ。潮 の香りが漂い、波の音や船乗り達の声が聞こえてきそうなほどの物凄い躍動感に評者 は圧倒された。そのほかにも乳香や竜血樹、竜涎香といった、かつてダウによって運 ばれた主要な産品の写真、ダウ造船の様子、更にはインド洋世界各地の様々なダウの 写真も惜しみなく掲載されている。

 評者もこの2,3年来インド洋海域世界を旅行し、それを何らかの形で自分の勉強に 活かそうと苦心惨憺していることもあり、本書で紹介されている地域(海域)の半分は 実際に訪ねた経験がある。そこで感じたことは、明らかに「ダウの時代」は終わりに 向かって着実に歩を進めているということだ。2年前訪れたモンバサのオールドポー トはスワヒリ地域ではダウの主要港であるはずにもかかわらず、たった1隻のダウし か停泊していなかった。インドのカリカットに程近いベイプールはかつて造船で名を 馳せた地であったが、この3月に訪れた際には1隻のダウも造られておらず、近くに いた人に聞くと「木の船(ダウのこと)は3年前から注文がこなくなった」といって い た。ベイプールの町はまるでゴーストタウンのように活気がなかった。

 評者は本書を読んで(見て)非常に感銘を受けたのであるが、一つ物足りなく思ったの は以下のことである。つまり、かつてこのダウがモンスーンの風だけを頼りにインド 洋を我が物顔で航海していた時代があり、23年前に門田氏が大航海をされたころの ように近代的な超大型貨物の間隙を縫ってエンジン付きのダウがインド洋を賑わせて いた活気もあり、そしてダウが役目を終えようとしている今日がある。そんなクロノ ロジカルな組み立てでダウの刻んできた歴史を読み手に追体験させてくれるような箇 所があれば、より素晴らしかったのではと評者は思ったのである。パリの Bibliotheque Nationale所蔵の`Aja'ib al-Hindの写本に挿入されているダウ船の絵 であるとか、ダウ船を視覚的に辿れる史資料は幾つかある。写真以外のものも用いな がらより長いスパンでダウの変化を辿ることは可能であり、評者自身の興味は大変引 かれる。とは言いつつも、このような作業はむしろ歴史を学ぶ我々がするべき作業で あろう*。とはいいつつも、未練がましく繰り返すことになるが、ダウ船に限らずに 多くのものが急速な変化を遂げる昨今なだけに、門田氏がインド洋に、そしてインド 洋に接してきた20数年間のダウ船自体を、或いは港の様子をクロノロジカルな形で 紹介されればより面白かったのではないだろうか。

 評者がインド洋海域世界の歴史に魅せられるのはそこで活躍する人々の活気に心が揺 さぶられるからであるが、評者が勝手に察するに門田氏もそのような「活気」を写真 に収められようとされているのではと勝手に感じてしまった。なぜならこの写真集を 見ているうちに評者自身が再びインド洋世界に出向いて、ダウ船やそこに生きる人々 の活気の中に再び飛び込みたい衝動を抑えられなくなったからだ。普段余りお目に掛 かる事の無いインド洋の産物、そしてダウでの生活の様子、そして何よりもダウが舞 台とするインド洋の活気を感じて頂くにもこの本は非常に強く推薦したい。

*インド洋のダウ船に関する論考はジョージ・ハウラニ(George F. Hourani)によ るArab Sea Fearing(1995, Princeton University Press) 、上岡弘二と家島彦一に よる『インド洋西海域における地域間交流の構造と機能 』(1979、東京外国語大学 ア ジア・アフリカ言語文化研究所;Studia culturae Islamicae no. 9)などが挙げら れる。尚、ハウラニの著書の初版は1951年である。また、スワヒリ海岸を中心に 活躍したムテペや様々な地域特有のダウに関しても様々な論考がある。(一例として ムテペに関しては1982年の雑誌PaideumaのJohn Kirkmanの70歳記念特集号に論 考がある。) (鈴木英明 慶應義塾大学修士課程)

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『ペルシアの伝統技術―風土・歴史・職人』

ハンス・E・ヴルフ著/原隆一・禿仁志・山内和也・深見和子訳
大東文化大学現代アジア研究所/2001年5月

 本書は、イランの物質文化研究において基本書とされてきたHans E. Wulff, The Traditional Crafts of Persia, The M.I.T.Press, 1966の全訳である。原著の価値 については多言を要しないが、いわゆる「ペルシア文化」と一般に認知されている建 築・ガラス・絨毯のみならず、農業・皮革などの生活技術についても貴重な情報を載 せていることから、原著発行後の1960-70年代に盛んにおこなわれた欧米のあらゆる 現地調査系研究に絶大な影響を及ぼしてきたことは指摘できよう。世界的に人類学な どの社会科学領域における物質文化研究は衰退の一途を辿っているが、日本のイラン 研究におけるその度合いはさらに著しい。本書の出版はかかる意味において、まさし く待望の出来事であった。 本書の構成は、五つの章とその他文献解題や用語集など、 充実したものとなっている。五つの章の内訳は、金属工芸技術、木工技術、建築技術 と製陶技術、織物技術と皮革技術、農業と食料加工技術、となっている。評者は自分 の研究関心から、すでに原著の「農業と食料加工技術」を穴のあくほど再読してきた が、いざ訳書を読んで比べてみると、自分の知識不足や勘違いが大量に認識できるほ ど、訳書としての完成度は極めて高い。訳者たちは物質文化研究で長年の調査・研究 を積んでいる第一線の研究者たちであるうえ、10年以上かけて原著を吟味してきたと いう話も聞いた。その成果は、評者としては、実は巻末にある「技術用語集」によく 反映されているのではないか、と思うのである。 以上のようにべたぼめしてきたが、 ひとつマイナス点を指摘しておきたい。値段が高い。評者のように月曜に作ったカレー を日曜まで食べ続ける人種(この短評にも類似の文章があった気もするが。)にとっ て、個人で購入するにはためらわれる値段である。ここで評者が問題としたいのは、 本書が論理的な研究書ではなく、必要なときにすぐ参照されるべき基本的レファレン スという性格が強いためであり、特に現地調査で威力を発揮する(ヴルフの時代より その機会は激減しているだろうが)と考えれば、携行用に持って行くには大きく重す ぎるのである。そしてその大きさが、値段に反映されているのではないかという勝手 な憶測も、そこに含まれている。おそらく部数の少なさと値段から推測すると、主要 購買層は図書館や教官の公費購入となろうが、ラムトンの『ペルシアの地主と農民』 のように現地でも利用価値が認められる本書の価値は、やはり個人購入して汚くなる まで使うことにあると、評者は考える。 本文そのものについて論評する技量を評者 はもたず、ここでは紹介にとどまった。後日学術誌などで書評や紹介が出ると思われ るので、そちらを楽しみにしたい。 (佐藤秀信)

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