日本中東学会会員各位

 9月11日、アメリカ合衆国において多くの市民の生命を奪った悲劇は、その繰り返し放映される映像とともに、われわれに計り知れない衝撃を与えました。その悲惨さは、言葉では言い尽くせず、被害に遭われた方々への深い哀悼の気持ちと、かかる行為への怒りを世界の多くの人々と共有するものです。

 と同時に、この事件は、われわれ中東を研究する者にとって、一つの知的挑戦であると思います。この事件の真相は究明中でありますが、ここにいたる経緯と背景には、複雑な世界の政治経済事情とともに、中東やイスラーム世界との対話やそれらの地域に対する無関心と理解の不足があったと考えるからです。そして、この事件は、このわれわれの知的な怠慢を反省させるどころか、それを増幅させるおそれさえあるように思えます。

 実際、その傾向はすでに現れています。事件についてのその後の報道のなかで、しばしばイスラーム世界、中東、アラブ世界などの「地域」が区別されないままに使われ、論評されているからです。この悲劇を特定の地域、国家、民族、集団と短絡的に結びつけたり、さらには、それを理由に、こうした特定の地域や集団を差別視したりすることは、決してなされてはなりません。

 われわれ中東を研究する者は、この地域に多くの宗教、民族、言語、価値観を異にする人々が暮らし、その結果として、これまでに実に多様で豊穣な文化が育まれてきたし、今も育まれつづけていることを知っています。知的な怠慢は無関心を引き起こします。われわれは、日本人が中東和平など、今日の中東における重大かつ緊急を要する動向に、この事件をきっかけとして、関心をもたなくなることを強く恐れます。

 日本は、幸いなことに、これまで、中東との間に強い軋轢や憎しみを生みだす不幸な歴史をもっていません。このことは、日本の中東研究者に「日本の」中東研究の可能性を示唆します。わたくしは、今回の悲劇を機会に、このわれわれの立場を強く自覚し、多角的な中東研究をさらに一層促すとともに、多様な情報と意見に注意深く耳を傾けたいと思います。

 以上の考えから、日本中東学会では、緊急に理事会に諮り、本学会のホームページに、本事件に関する会員からの投稿欄を設け、会員がこれまでの研究や活動にもとづき、情報の提供と意見の交換を自由に行えるようにいたしました。また、公開のホームページでこれを行うことで、会員以外の方々へ広く情報を提供し、学会としての社会的責務の一端を果たしたいと考えます。

2001年10月3日
日本中東学会会長 加藤 博

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