シリアによる化学兵器使用疑惑をめぐり、オバマ政権主導の武力介入の可能性が高まりつつあるように見える。上院においては、(1)期限を限った攻撃であること、(2)地上戦を行わないこと、を条件に武力行使決議が可決される見通しとの報道もある。オバマ政権としては、(1)シリア政権が国内でサリンを使用したこと、(2)踏み越えてはならないレッド・ラインとしてきたのに、バッシャール・アル=アサド政権がこれを(数回に亘り)無視したこと、(3)放置しておけば、大量破壊兵器を所持する国々への誤ったメッセージとなり、国際社会の脅威になること、を武力行使の大義名分としているようである。また、世界最大の化学兵器保有国であるシリア(昨年7月、シリア外務省報道官は、シリアは化学兵器を保有しているが、侵略がなされなければ使用しないと発言し、国による化学兵器保有を認めている)の隣国である米国の盟友イスラエルの安全保障への配慮や、サウジアラビアやカタル、トルコ等の域内友好国がシリアに対して強い立場に出ていることも背景にあるようだ。

さて、このシリア情勢であるが、きわめて複雑な状況にあることは指摘するまでもない。小生の許にも、200万人とも言われるシリア難民の状況や10万人にも達しようとされる内戦の被害を止められないのか、といった声が寄せられているし、小生自身、かつて二度に亘り住んだことがあるシリアへの思い入れには強いものがある。 シリア情勢の悪化は内戦が引き金であるが、この問題をめぐるは、何をもって「解」とするかによって大きく異なる。つまり、(1)シリア内戦を終結させること、(2)シリアにおける人権状況の悪化を改善すること、(3)現政権を転覆させること、(4)大量破壊兵器の使用を止めること、等の内、目指すべき目的をいずれにするかによって大きくシナリオは変わると考えるべきであろう。

単純にシリア内戦を終結させるだけであれば、政権支持が最速の道であろう。現時点で、政権側と反体制派側の軍事的な能力・装備の差は明白であり、政権への支持はシナリオを最終章に到達させる力になるであろう。しかしながら、そのエピローグには大きな問題が著される可能性が高い。つまりこのような結末は、シリア政権に不満を持って民主化を求めた人々の意思を無にするのみならず、その後、国内外に大きなしこりを残すことになるであろう。それが政権へのお墨付きと政権側に受け取られれば、国内における血の粛清やCWC未加盟のシリアの化学兵器放置、域内の不和を煽る等の問題も未解決となる。

政治的解決はシリア国民に任せ、シリアにおける人権状況の悪化を改善させる施策をとるべきとの意見もあるが、これもまたシリア国民にとっては残酷な選択である。小生は、シリアの内戦を単純にシリア国民の民主化に向けた蜂起とは見ていない。長文化を避けるためにあまり詳しくは立ち入らないが、アラーウィ派の伝統的生活地域であるタルトゥースやラタキーヤの人々はきわめて閉鎖的で、二代に亘るアサド政権下で「国内国家」を形成してきたとすら言える。彼らを支持する人々の利権と権力の強固な構造に対し、シリア国内の多数派の人々が立ち上がったと言え、それは単純な宗派対立ではなく、権力闘争であり、且つこの「国内国家」との戦争でもある。ところが、この多数派の人々の反政府組織は必ずしも一枚岩ではなく、その指導者の中に卓越した政治的識見を示す人物も見当たらない。また隣国は、本来受け皿となるべき能力を有するムスリム同胞団等のイスラーム系勢力が力をつけることを望んでいない。つまりシリア国内では、多数派の意思の統一に阻害要因がある中で、和平交渉を行う機運が生まれるのは困難で、「どちらが強いか」かが単純に問われる形になっている。このままでは、政権が最後の一発の弾薬を使い果たすまで戦い、シリア国内が疲弊し切った結末を迎えるのではないかと懸念される。すなわち、難民の大量発生の受け皿を作ったり、あるいは人道的物資の支援を行うだけで、シリア国民の意思に委ねようとする場合には、さらに大量の血が流れることを覚悟する必要があるように思われる。

現政権の転覆にも困難が伴うであろう。政権転覆が実現すれば、既存の利権にしがみついていた人々は、よい生活を失うのみならず、おそらく戦後の報復の対象になり、混乱が生じるであろう。そもそも、そのように宿命づけられる人々は、政権転覆の試みに徹底的に抗戦するであろう。ちなみに、小生はバッシャール・アル=アサドが大統領に就任して初めて会った日本人の一人であるが、英国で開業医であった彼は、他にお会いした多くのアラブ世界の元首と比較しても抜きん出て聡明な人物であった。バッシャールは大統領に就任すると、2000年頃の「ダマスカスの春」と呼ばれた民主化市民運動を支援したが、徐々に変化し、最終的には民主化運動家を投獄するに至る。バッシャールは、先代のハーフェズの息子であることが唯一の理由で大統領になった人物であるが、彼が大統領になることを望んだ人々は、閉鎖的なシリアの統治階層の中で、既得権益の構図を維持することをバッシャールに求め続けたのであった。その結果、バッシャールは自らの役割を理解し、民主化弾圧に走った。それがダマスカスの市民運動家をして、「バッシャールはダマスカスの春の最大の擁護者であり、最大の抑圧者である」という発言になっている。このようなバッシャールは、すでに少数派のシリアの既得権益層の擁護者となることを決意しているはずであり、この構造の維持が約束されない限り、徹底抗戦することになろう。さらに、域内外諸国は、政権転覆に対して様々な思惑を抱いている。たとえば米国を始めとする各国は、アフガニスタン並びにイラク戦争の際のような泥沼の関与を怖れている。政権転覆まで至らない武力行使が伴う痛みも予測するべきである。つまり、限定的な武力行使は、一部の軍の政権からの離反や政権側の柔軟な対応を引き出す可能性がある一方で、現状では政権側と反体制側の軍事能力の差を拮抗させる方向に働き、内戦の激化と利害関係を有する諸国の関与の強化による紛争長期化を招く可能性の方が高いかもしれない。イスラエルのような国は逆に、シリアの紛争当事者がその矛先を直接イスラエルに向けない限り、正面の敵であるシリアが弱体化し、内戦状態を継続することを好ましいと考えていると考えられる。ロシアにとって中東の最後の砦であるシリアに対し、ロシアの影響力が行使できなくなることは好ましくなく、この意味で、イラン、レバノンのヒズボッラーと共に、ロシアは新たな政権の樹立を見たくないであろう。さらに、バッシャール政権とつきあいたくはないものの、シリアにイスラーム色の強い政権が樹立されれば自国の安定性が危うくなることを怖れるヨルダンなどは、政権継続を望んでいるフシがある。そもそも、カリスマのある指導者のような軸が反体制派の中に見いだせていない中で、軍事的な紛争が長引けば長引くほど、旧シリア軍人、外からやってきたアル=カーイダ系とされる組織、イスラーム系の発言力は増すことも予想され、それは政権転覆シナリオを描く上で問題となろう。

大量破壊兵器の使用については、そもそもCWCに加盟していないシリアにその破棄を呑ませることは難しいであろうが、国際社会が一致して圧力をかけていくことは必要であろう。国連安保理決議のような権威なしに、きわめて少ない一部の国がこれを根拠に武力行使する場合には、シリアの大量破壊兵器をめぐる議論を進めるハードルが高くなる可能性もある。また、前述のような国内情勢を考えれば、政権維持のためには、化学兵器使用を厭う政権にも見えない。

このように考えると、シリアをめぐる問題は、解を求めるにすこぶる困難な方程式である。武力行使をせず、大量破壊兵器が使用されず、紛争が隣国に飛び火することなしに(すでにイラクやレバノンに飛び火しているが)早期に問題が解決し、シリア国民の大多数が納得するしっかりとした政権が樹立されて、それに国際社会が一致し責任をもって関与していく、という理想的な解を求めることは、おそらく不可能であろう。現時点では、国際社会の結束を求めると共に、かつて模索された和平会合の実現を含めた硬軟両面の解決を模索しつつ、直面する人道的問題に対処していくことが必要である。また、困難な問題であればこそ、慎重な対処が必要になっている。すでに安倍総理は、「シリアにおいて化学兵器が使用された可能性がきわめて高い」と表明してしまったが、急いで踏み込みすぎると、イラク戦争後に小泉元首相が「アメリカですらイラクに大量破壊兵器があるかわからなかったのだから、日本にわかるわけがない」と発言した二の舞になりかねない。

(2013年9月7日記)

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