日本中東学会

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第6回日本中東学会公開講演会「共存のイスラーム」報告

2003.1.24 更新

小杉 泰(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)

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今年度で第6回を迎えた公開講演会が、11月2日、一橋記念講堂で開催された。 今回は全体の題名を「共存のイスラーム」としたが、これは昨今のマスメディアにおいて、 「テロ」論議を中心とするセンセーショナルな報道があふれ、イスラーム世界に対する的確な情報が伝達されていないとの 問題意識に基づいている。今日ほど、国際社会における諸宗教・諸民族あるいは諸文明の間の「共存」が求められていることはない。 そこで、人類の共存に大きく貢献してきたイスラームの歴史的遺産を再考し、現代における共存の課題を検討するのが、 本講演会の趣旨であった。

まさにその趣旨にぴったりな3つの講演は、互いに補完し合いながら共存という大きなテーマを多角的に描き出すものとなった。

鈴木氏まず、鈴木董氏が「オスマン帝国と共存の構造」と題して、オスマン朝下に実現した共存の仕組みを、 イスラーム法のズィンマ制度の特質から説き起こした。そして、マクロな歴史的観点から壮大な俯瞰図を示し、 そのような仕組みがナショナリズムによって崩壊したことのなかに、バルカン半島をはじめとする諸地域における 今日の紛争の起源があることを論じた。

田村氏次に、田村愛理氏が、そのような共存の仕組みのなかで、 マイノリティーの側がいかに生きていたかを、「イスラーム世界のマイノリティ:『イスラーム的』共存構造をめぐって」と題して ヴィヴィッドに描き出した。アルメニア人とユダヤ人の「交易離散共同体」を素材としながら、彼らの社会生活が、 人間同士の共存のみならず、環境や生態系との調和を実現するものであったことを論じて、田村氏は、 そこに変革期の現代が学ぶべき課題があることを示唆した。

内藤氏&小杉氏最後に、内藤正典氏が、「ヨーロッパのイスラーム:対話のための課題」と題して、西欧諸国におけるムスリム・マイノリティーと ホスト社会との関係や異なる価値観をめぐる対処法の違いなどを明らかにし、何が現代において「共存」を可能ならしめるために 取り組むべき課題であるか、明確に論じた。ヨーロッパでの問題は日本にとっても多くの示唆を含んでいるが、 単純な多文化主義でも啓蒙主義でも容易に問題が解決しないこと、共存のために真摯で多元的な取り組みが必要であることが示された。

会場からは真剣な質問が出され、講師からも熱心な回答がなされた。およそ200人の参加者を得て、きわめて有意義な講演会となった。 西洋とイスラーム世界の「対立」的な構図はしばしば話題とされるが、今回の講演会では、それとは異なるスタンスに立ちつつ、 学問的に深みのある研究を探求してきた日本の成果が十分に示されていたように思われる。会場からのアンケートを見ても、 今回の講演会は非常に高く評価されたようであった。ただ、参加した方は満足なさったようであるが、アンケートのなかに 「いい会なのに、もったいない。もっとたくさんの人に来てもらいたい」という声があった。500名を収容できる大会場だけに、 次回へ向けてさらに広報の努力をしたいものである。(小杉 泰)

付記:講演会のポスターが好評でした。昨年と同じく工藤強勝さん(デザイン実験室)にデザインを依頼しましたが、 とくに今年は、イドリーシーの世界図(ポスターの1部より。ここをクリックすると大きい画像が出ます。)が黒地のバックから浮き上がるようなデザインで、 会場で残部を無料贈呈しますといったところ、あっという間に売り切れ?ました。 AJAMESの新装丁も工藤さんにお願いしていますので、ご期待ください。(三浦 徹)

会場風景
講演を熱心に聴く人々