日本中東学会

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「イスラム世界との文明間対話セミナー」(The Seminar on the "Dialogue among Civilizations", the Islamic World and Japan)

2002.6.8 更新

塩尻 和子(筑波大学哲学・思想学系助教授)

2002年3月12日、13日、日本国外務省とバハレーン王国外務省との共催によって「イスラム世界との文明間対話セミナー」がバハレーン王国にて開催された。筆者は日本側出席者6名の一人としてこのセミナーに参加したので、その概要を報告する。 昨年1月に当時の河野外務大臣が湾岸諸国を訪問した際に提案して賛同をえた「イスラム世界との文明対話」を促進する事業の一環として、外務省が、日本側、およびイスラム諸国側の有識者間の意見交換支援のために「知識人ネットワーク」を構築していることは知られている。今回のセミナーは、このネットワークに参加する双方の有識者が互いに交流を深め意見交換を行うために開催された第1回目の「文明間対話セミナー」である。

当セミナーには、イスラム諸国からは計12カ国とアラブ連盟の代表が参加した。その内訳は、アラブ首長国連邦、オマーン、カタル、クウェイト、サウディ・アラビア、バハレーンのGCC諸国と、イエメン、イラン、エジプト、チュニジア、モロッコ、ヨルダンであり、参加者は30名となった。日本からは板垣雄三東京大学名誉教授、後藤明東京大学東洋文化研究所教授(現東洋大学教授)、阿部美哉國學院大学学長、加藤博一橋大学大学院教授、橋爪大三郎東京工業大学教授、それに筆者の6名である。 今回のテーマは「文明間の対話・・・イスラム世界と日本」として、「イスラムと日本文化の共存・相互理解」「イスラムと国際社会」「イスラムとグローバリゼーション」という3議題が用意された。しかし、これらの議題は「イスラム諸国と・・・」と訂正したほうがよいという意見がセミナーの中で多く出され、実際に個々の議論も「イスラム」そのものとの関係ではなく、イスラム諸国と日本、イスラム諸国と国際社会、イスラム諸国とグローバリゼーション、というコンテキストで進められた。

このセミナーは現地マスコミの間でかなりの関心を持たれており、開催前から大きく報道されてきたが、現地だけでなく参加各国の報道ぶりも、期間中は言うまでもなく、終了後も数週間にわたって関連記事が掲載されるほどであった。またNHKもクルーを投入して積極的な取材を行い、4月28日のBS「世界の潮流」で紹介された。

以下にセミナーのプログラムを簡単に記す。

3月12日:午前9時からオープニング・セレモニーがガッファール外務大臣などのバハレーン政府閣僚、各国大使、有識者、マスコミ関係者など約100名が参加して、クルアーン・ハウスで開催された。ガッファール外務大臣のスピーチの後、小野在バハレーン日本国大使から川口外務大臣のスピーチが代読され、最後にファハロ・バハレーン調査研究センター所長から「当セミナーの特色と意義、対話の重要性」などについてスピーチが行われた。セレモニーの終了後、セミナー参加者はハリーファ首相を首相公邸に表敬訪問した。午前最後のプログラムとしてハラズィ・イラン外務省教育研究担当次官が第1セッションの基調講演(公開)をおこなった。議題は「イスラムとグローバリゼーション」であったが、これは第3セッションに予定されていた議題を、イラン側の要望によって第1セッションに移したものであった。 このセミナーでは、各セッションは3つのグループからなり、参加者が自由な意見交換を行うために非公開形式で実施された。それぞれのグループには10名のイスラム諸国の有識者と2名の日本人有識者が配置され、司会と報告者(ラポルトゥール)は前もって指名されていた。グループの構成員はテーマごとに入れ替わり、できるだけ多くの参加者が意見交換できるように配置されていた。筆者は第1セッションの第1グループで司会に指名されていた。セミナーでの公用語は英語と決められていたが、英語の不得手な参加者もおり、どのグループでも討議がアラビア語になってしまうという事態もかなり見られた。前述のように直前になって議題が入れ替えられたために、発言が「グローバリゼーション」ではなく「日本との関係」に戻ってしまうことが多かったが、同席していただいた橋爪教授が社会学者として日本社会の特徴やグローバリゼーションに関する日本の立場について、適切な解説をして下さった。午後3時からはアブールマジード・アラブ連盟文明間対話担当コミッショナー(カイロ大学教授)による公開基調講演の後、「イスラムと国際関係」を議題として第2セッションが開催されたが、筆者は予定外にラポルトゥールを依頼された。このセッションでは会場にゆとりがあったために、日本の外務省担当者が傍聴することができた。

3月13日:午前10時から「イスラム・アラブ諸国と日本:共存と相互作用」と題して第3セッションの公開基調講演が阿部美哉國學院大学学長によって行われた。この講演は大変な反響を呼び、グループ討論の中でも「日本の成功の経験に学びたい」と言う意見が多く出された。第3セッションでは、筆者は板垣名誉教授と同席となった。板垣先生はこのグループで司会をされていたが、討論に入る前に日本とイスラム世界との関係を7世紀からたどるという独自の板垣イズムを展開され、参加者の関心を引いた。午後3時からは公開の最終セッションが開催され、ここでも筆者はいきなりラポルトゥールに指名されて、議長を務めた板垣先生、クウェイトのルマイヒ教授とともにひな壇に並んだ。最終セッションではこのセミナーを評価する声とともに、今後も定期的に継続していくことの重要性が謳われた。バハレーンにおいて、当セミナー開催の中心的役割と勤めたファハロ・バハレーン調査研究センター所長からもセミナーの継続と参加者の人選に関して具体的な提案があった。これらを踏まえて、次回は1年以内に日本で、その後、第3回はイランで開催することが合意された。

9月11日の「テロ」事件以降、世界各地で様々な「対話」のセミナーや集会が開催されているが、日本とイスラム諸国に限定した対話の試みは、初めてのことであり、この点が現地バハレーンをはじめ湾岸諸国に大きく報道された要因であろう。筆者もアラビア語紙3社、現地テレビ局、モンテカルロ放送から取材を受けたが、その質問の多くが「テロ事件後、アラブやイスラム教徒について日本人はどう考えているのか、また正しい相互理解のためにはどうすればよいのか」という真剣なものであった。アラブ首長国連邦からの出席者が「われわれにも、これまでの日本は経済的な目的でアラブ諸国と付き合ってきたようにみえるが、今後はこのような文明間対話の試みを通じて、経済面だけではない友好的で文化的な関係を作り上げていくことができるだろう」と期待を込めて語っていたのが印象的である。最後に、事前の準備が十分ではなかったものの、この第1回「対話セミナー」が成功裏に終了したことについて、「50年来の夢が実現した」という板垣教授の感想を紹介しておきたい。